体調は崩してないかな?
es-nakamura(@NakamuraEs)改めお父さんだ。
このブログはお父さんの子供達である君たちに向けて書かれたものだ。このブログを読むことで、君たちの人生が少しでも良いものになると嬉しく思う。
今回はお父さんが不動産投資を始めるきっかけとなった、メンタル不調の話をしたいと思う。
我が家は代々、精神面が不安定だ(笑)。この部分はよく伝えておきたい部分だ。
お父さんが不動産投資を始めたきっかけとして職場でのストレスにより一時的に働けなくなった経験があることを話した。
その後も何度もこのようなストレス環境下で奮闘する中で、お父さんが感じたメンタルヘルスの付き合い方を書いてみたいと思う。
もし君たちが、このような環境や状態で苦しんでいるのであれば、後押しになればと思う。
完全にお父さんの経験に基づく個人的な見解なので、医学的な根拠は全くない。
その点だけは許してほしい。
メンタル不調(うつ状態)になりやすい人の特徴と人としての資質
近年はメンタルヘルスに対する社会の認識も高まり、多くの企業でメンタルヘルスに関する教育や研修が実施されているので、君たちも学ぶ機会が多いと思う。
お父さんがメンタル不調で何度か仕事を休んだ経験からすると、一般的に言われている教育や研修の内容は、本質的ではない。
それは、企業で働くという枠組みの中で、休職となるような事態を発生させないことに主眼が置かれているからだ。
この視点で考えれば、企業での一般的なメンタルヘルス教育は意味があるし、その通りだと思う。
しかし、本質的ではない。
視点が企業で働くことを前提にどう管理していくかに話が集中している。
管理者側の論理だ。
今回話す内容は、完全にメンタル不調になった側の視点に立つ内容となっている。
その点だけ心に留めておいて欲しい。
まずは復習だ。
「メンタル不調(うつ状態)になりやすい人」には特徴があることが一般的に知られている。
君たちもよく知っていると思う。
- 責任感が強い
- 真面目
- 几帳面
- 仕事熱心
- 完璧主義
- 心配性
- 共感力が高く、相手の気持ちに敏感
- 気が弱い
だいたいこんなところかな。
では、「メンタル不調(うつ状態)になりにくい人」の特徴は、この反対の特徴を持つ人と言えるね?
上記の反対の特徴を挙げてみよう。
- 無責任
- 不真面目
- ずぼら
- 仕事不熱心
- おおざっぱ
- 自信過剰
- 共感力が低く、相手の気持ちが分からない
- 気が強い
こんなところで間違いないだろうか。
極端な例を挙げたが、どの人もどちらかの傾向があるのではないかと思う。
また、この項目はあてはまるが、他の項目は違うという人もいるだろう。
さて一度、メンタルの話については忘れよう。
そして質問を変える。回答してみて欲しい。
- 普通はこのような特徴はわかりませんが、分かったとして、あなたが人事の担当者だった場合、どちらの人を採用しますか?
- もしあなたに部下がいたとします。大きな仕事がある時にどちらの人にその仕事を任せたいですか?
- あなたは、どちらの人の方が信頼できますか?
- あなたは、どちらの人と友人になりたいですか?
- あなたは、どちらの人間でありたいですか?
お父さんの回答は、全て前者の特徴「メンタル不調(うつ状態)になりやすい人の特徴」を持った人だ。
君たちはどうだ?
ここで君たちの認識を少し変えて欲しいと思う。
この点をまずはしっかりと心に留めておけ。
各特長の説明(素晴らしい資質である説明)
さて、少し細かく各特長の説明をしていく。
説明しなくても一目瞭然だが、あえてよりポジティブ感を出すために説明していく。
なぜこのような素晴らしい資質が、メンタルヘルスの話をする時に悪く捉えられてしまうのか、お父さんは疑問に感じている。
責任感が強い
企業・組織で働く上で最も重要な資質だ。
与えられた責務を果たそうとする君たちは、仕事の成果をしっかり出そうとする。
君たちは組織のために、しっかりと成果を上げているのではないだろうか。
残念ながら、他の人たちは、君たちほど責任感が強くない。
君たちが企業(組織)に所属しているのなら、周囲の人をよく観察してみるといい。
責任から逃げる人ばかりではないか?
これは「組織」の性質によるものだ。
誰か別の人が責任を取ってくれるなら、自分がとる必要はないという心理が働いてしまう。
また、組織では責任を果たそうとすれば、失敗した時に大きなマイナスになるため、極力、責任を負うことを避ける傾向がある。
これはサラリーマンとして生きるための処世術だ。
このような状況下において、君たちは責任から逃げている人の分まで背負ってしまうのではないか?
組織として一定の成果を出そうとした時、逃げた人の分を背負う人がいなければ機能しなくなる。
それを君たちがやってしまっているのだ。
そんな君たちを周囲の人は頼りにする。
何かあれば君たちに何とかして欲しいと頼みに来るだろう。
そして、君たちは何とかしようと頑張るだ。
それは疲れる。頑張りすぎなのだ。
責任感が強いということは、仕事の成果をしっかりだし、周囲から頼りになる存在になっていくということだ。
本当に素晴らしい資質とお父さんは思う。
一方で無責任な人はどうだろうか?
誰かが何とかしてくれるといつも思っている。
何か問題があっても、彼らの口癖は「あいつが悪い」「それは〇〇の仕事だ」「知ったことではない」といい、いつも自分以外の誰かに責任を負わせようとしているはずだ。
お父さんはこういう人たちは、大嫌いだ。
彼らは誰かがいないと何もできない人たちだ。
君たちはこのような人たちと違う。自信を持って生きて欲しい。
真面目
真面目に物事に取り組む事は良いことに決まっている。
不真面目な人など迷惑以外の何物でもない。
どんなことに対しても真面目に取り組むあなたは、気づけばなんでもできるようになっていないか?
コツコツ真面目に働けば、当たり前だが、仕事の能力はもちろん、あらゆる能力が上がっていく。
当然だ。
一方で、不真面目な人はどうだろうか?
彼らは楽がしたくて、すぐに手を抜く。
そして、彼らが手を抜いたツケを君たちがカバーしているのだ。本当に困った奴らだ(笑)。
話が少し逸れるが、「80:20の法則」(パレートの法則)という言葉を聞いたことがあるか?
全体の数値(成果)の大部分は、全体を構成する一部(20%)の要素が生み出しているという法則だ。
「働きアリ」の法則とも言われる。
組織全体の成果は、20%の人たちの頑張りで構成されているということを意味している。
不思議なことに、この20%の人たちだけのグループを作れば、今度はその中が20:80に分かれるそうだ。
実際に証明されている理論なので、間違いないだろう。
この80%の人たちの役割は、20%の人が動けなくなった時のための温存戦力であると同時に全員が働いてしまうと非効率になるからだと思う。
組織全体を維持するためにそれぞれに役割があるということなのだろう。
そして、それが自然の摂理なのかもしれない。
故に君たちは激務となり、疲労する一方で、直接的に組織の成果に関与していることになる。
一方で、残りの80%の人たちはいてもいなくてもいい存在だ。
どちらがいいかは考えるまでもないと思う。
几帳面
この資質は、世間ではあまり良い言葉には聞こえないな。
この言葉の語源を知っているか?
貴人(高貴な人)が目隠しの間仕切りや風よけの家具に使っていた家具を「几帳」と呼び、この「几帳(家具)」の柱の面を削り、両側に段をつけた面を「几帳面」と呼んでいたそうだ。
その面が細部に至るまで綺麗に仕上げていたことから、この言葉が生まれたらしい。
とてもいい言葉じゃないか!
君たちは、この言葉のとおりに生きているのではないだろうか。
仕事に限らずプライベートにおいてもいい加減にせず、対処をしているのだと思う。
君たちができることには限りがある。
しかし、それでも何とかしようと頑張る結果、疲れてしまうのだ。
さて、この「几帳面」であるという資質は、仕事が行う上では、とても重要な資質となる。
お金に関わる業務、エンジニアetc.は几帳面であるべきだ。
なぜなら、お金の処理のミスは信頼を失い、会社に大きな損失をもたらす可能性があり、物を作る仕事の場合、図面への記載ミスは、大きな影響がでる。
お父さんはエンジニアだが、図面の数値の記載ミスでそのまま作られてきてしまい、現場工事で手直しをする羽目になった。
その時に心からこの数字の重みを感じ、しっかりと確認しようと思うようになったよ。
企業で働く限りは、お金とは無縁ではない。
これらのお金の取り扱いに関しても几帳面であることはとても大切だ。
また多くの人と仕事をしていく中では、書類の作成は必須であり、正確な情報を漏れなく記載することもとても重要なことだ。
現在は情報社会であり、このような情報を正確に関係者に伝えることも仕事を円滑に進めるためには大切な事となる。
一方で、ずぼらな人はこういう大切なことや数値・情報を本当にいい加減に扱う。
故に仕事がスムーズに進まない。
このような人とは一緒に仕事がしたくないよね。
仕事熱心
とても良いことだ。
熱心に仕事をすれば、必然的に成果は上がるし、周囲の人からも信頼される。
悪いことであるはずがない。
しかし、君たちは熱心すぎるのだろう。
そして疲れてしまうわけだ。
仕事に熱心でない人が上手くいくわけないのは、分かると思う。
完璧主義
この言葉もあまり良い意味で使われることは少ないように思う。
しかしながら、完璧を目指して悪いことは決してない。
お父さんは学校では100点満点を目指せと親にも先生にも言われ続けてきましたし、会社に入れば、「理想」と「現状」のギャップがお前の課題だと言われ、「あるべき姿」をイメージして業務にあたれと教えられてきた。
要するにみんな完璧を目指して日々奮闘しているわけだ。
スポーツ選手はいつも1番を目指して頑張っているだろうし、他の仕事の人もその中で1番を目指しているのではないだろうか?
そもそもこのぐらいでいいと思っている人に成長はないし、あるべき姿にも近づき難いと思う。
そもそもそんなことを目指してもいないだろう。
大雑把な人は、仕事を進める上では、抜けが多く、お父さんとしてはあまり一緒に仕事はしたくない。
君たちが目指してしまう「完璧」は、とても価値があることだし、そこに到達できなくても、目指す限り近付いていくことになる。
それは、君たちにとっての成長を意味する。
大変貴重な資質だとお父さんは思うぞ。
心配性
この言葉は完全にいいイメージがないな。
この「心配性」という資質は、メンタル不調の直接的原因になっているようにお父さんは思う。
心配からくる不安に囚われ、仕事が終わっても不安になり、生活の面でもお金のことや人間関係の不安になりと一日中、不安になっていないといけなくなる。
これは疲れる。
普通の人は、ストレス発散をしたり、考えることをやめたりすることで気分を変え前向きな気持ちにしていくが、君たちはずっとこの不安と戦い続けているのではないだろうか。
お父さんもいつもこの不安を払拭するために、お酒を飲んでいた。
健康にも良くないな。
一度、アルコール性膵炎と診断されたことがある。
さて、この心配性という性質だが、君たちにとっては嫌なものと思っているかもしれないが、実は素晴らしい資質なのだ。
これはどういうことかというと、心配性な君たちは失敗する確率がとても低いということだ。
失敗する確率がとても低いということは、ほとんどのことが成功するということだ。
なぜなら、いつも不安で仕方がない君たちは、その不安を払拭するためにあらゆる対策や解決策を考えるからだ。
でないと、不安な毎日が続くからな。
少しでも安心したい君たちは、いつもそのことばかり考えている。
結果として成功するのだ。
このリスク管理の資質の高さは、人生を生きる上でもビジネスシーンでも、とても役に立つ資質だ。
この「心配性」という資質のおかげで、君たちのリスク管理が神レベルになる。
だって君たちは毎日リスクのことばかり考え、その対策を四六時中練っているのだから。
お父さんの経験では、失敗する時はきまって調子に乗っている時だ。
この自身過剰な状態は、お父さんの目を曇らせ、何の根拠もなく大丈夫だろうと思わせる力がある。
そのため、本来すべき確認をせずに物事を進めてしまい、失敗するのだ。
不安は、君たちが失敗しないための素敵な機能なのだ。
もしこうなったらどうしようと不安に思う気持ちが、君たちにあらゆる局面での対応策を練らせる。
あなたの立てる計画や作戦は、成功確率の非常に高い、とてつもない精度となるわけだ。
昔、この不安に囚われていた時に読んだ本がある。
小山ロールを生み出したパティシエの小山氏の著書「心配性だから世界一になれた」だ。
まさにその通りだと思ったよ。
共感力が高く、相手の気持ちに敏感
相手の気持ちに敏感で分かってしまう君たちは、相手から言われる要求を断れず、ついつい引き受けてしまうのではないだろうか?
また、上司や周囲の顔色をいつも気にして、その人たちや全体の利益のために、自分を押し殺して、都合の良いように動いてしまっているのではないかと思う。
君たちが相手の気持ちを分かってしまうことと優しいことが原因だ。
そのため、あなたは本来大切にされるべきところを軽く扱われているかもしれない。
お父さん自身も親や学校の先生から、相手の気持ちになって考えるように言われてきた。
お父さんは君たちに、ケンカした時とか相手に嫌な事をした時は同じように教えている。
従って、君たちのしている行動はとても当たり前の行動なのだ。
しかしながら、君たちはまだ気づいていないと思うが、この資質は恐ろしいほどにすごい資質だ。
相手の気持ちが分かるということがまずすごい。
多くの人がこの相手の気持ちを推し量ることができず、人間関係に悩む。
また、君たちが相手の望むように動いているということは、相手の満足させることを熟知しているということだ。
これもまたすごいことだ。
君たちは相手のニーズを満足させることが可能だ。
相手のニーズに応えることはビジネスの最も重要な事であり、人間関係においても重要な事だ。
もし君たちがこの資質を正しく使うことが可能となれば、人間関係も円滑に進み、異性からもモテモテになることは間違いないだろう。
一方で、共感力が低く、相手の気持ちを理解しようとしない人は、基本的に嫌われる。
そして、このような人は往々にして自分勝手で自己中心的だ。
気が弱い
この言葉も良い使い方をされることは少ないな。
表現の仕方が悪いのだと思う。
言い換えよう、「気が弱い」のではなく、「優しい」だけだ。
前項でも書いたが、相手の気持ちを優先する君たちは、自分の主張を抑え、相手の希望を叶えようとする。
その「優しさ」が周囲からは「気が弱い」と捉えられるだけだ。
本当は自信を持っていい君たちが、周囲の自己中心的な人たちに「相対的に」抑え込まれているだけだ。
なので、無理に自分を変えようとせず、君たちはそのままで良い。
優しい人こそ、今の時代には必要な存在だ。
お父さんは優しい人が大好きだ。
誰かのために頑張っている人を見ると、応援したくてたまらなくなる。
一方で「気の強い人」は、いつも周囲とトラブルと引き起こす。
そして、強引に物事を進める人だ。
相手の意見をあまり聞かないこの手の人は柔軟性に欠け、視野が狭く、基本的に友人と呼べる人はいない。
おそらく君たちの周りには、同じように優しい人が多いのではないだろうか。
この優しさは、同じように優しさを持つ人を君たちの周りに集める。
また、他の人には厳しい人もあなたには優しく接する。
人間関係を構築する上でも、とても大事な資質だ。
素晴らしい資質を持った証明
なぜなら、上記のような資質を持っていない人は、そもそもこのように苦しまないからだ。
何か問題が起これば、他人や環境のせいにし、そこそこの仕事をして、リスクや問題があっても見ないふりをする。
そうすうことで、自分のメンタルを防衛しているのだ。
これは悪いことではなく、メンタルを安定させることには非常に有効な方法だ。
それにより毎日ストレスが少なく楽しく過ごせる。
また安定した一定の仕事の成果もあげることができるだろう。
このような人たちは、メンタルを防衛する機能が高く、故にメンタル不調が起こらないのだ。
生きていく上では大切な事だと思う。
しかし、悪く言えば、単に物事から「逃げて」いるだけだ。
君たちはこれがとても苦手なのだ。
大人になると「妥協」ということを覚える。
ビジネスの現場では、予算や人員・時間の制約があり、ベストではなくベターを選択する局面が数多く存在する。
それはそれで重要な事だが、「妥協」のし過ぎで、ベストを求めることを最初から失っている人がほとんどだ。
そんな中で、君たちは一人いつもベストを求めて頑張っているわけだから、周囲の人から見れば、「放っておけばいいじゃん」「逃げればいいじゃん」「そこそこやればいいじゃん」と思うことを君たちは上記の資質のせいで、頑張ってしまうわけだ。
これはどちらがいいということはなく、その人自身が人生で何を大事にしているかということの違いだけで生じる。
君たちは一生懸命に頑張ることがポリシーとしてあり、それを全うしたいと心から願っているので、頑張る。
一方で他の人はとりあえず無難に過ごせればそれでいいと思って行動しているのだ。
だから、君たちのことを全く理解できずにいる。
従って、周囲の人に理解を求めることはとても難しいことなのだ。
人生の目標や大切にしていることがそもそも君たちとは違う。
君たちには同じような資質を持った仲間が必要だ。
素晴らしい資質をもってしまった苦しみ
素晴らしい資質を持って生まれた君たちは、両親に心から感謝して欲しい。
両親からの「GIFT」だ。
残念ながら、社会人となり20年以上生きてきた中で、無責任な人を責任感の強い人にすることやずぼらで大雑把な人を几帳面にすることはほぼ不可能だ。
もう手遅れだ(笑)。
その人にとって人生を激変させるような出来事が起これば、変わるかもしれないが、その可能性はおそろしく低いだろう。
このような人たちは、この資質を持って生まれてきていないか、人生の中でこれらの資質を埋もれさせてしまったのだ。
君たちはこれらの資質を持ってこの世に生んでくれたこととその資質が損なわれないように今まで育ててくれた両親に本当に感謝して欲しい。
しかし現に苦しい思いをしている君たちにこのような言葉を言っても、信じられないだろうし、ピンと来ないかもしれない。
なぜこのように自分だけが苦しい思いをしなければならないのか?
その答えは上記のような資質を持って生まれてしまい、その資質を大切に守り続けてきたからだ。
こんな資質、なければ良いのにと思うかもしれない。
しかし、あるかなしかで言えば、ある方がいいに決まっている。
なぜなら、目標の実現や充実した思い通りの人生を歩める可能性を持つからだ。
ではどうすればいいのか。一生苦しみ続けるのか。
その答えのヒントになる可能性があることを次からは伝えたいと思う。
< 以上 >
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